コンバットマガジン2016年1月号、本日発売です。
が、僕の連載記事にかなりジャンボな誤植がありまして…。

読んでいただければ分かると思うのですが、P63とP65がほぼ同じテキストになってしまっています。
これはどういうことかと言いますと、P65のテキストにいくつか修正点が見つかったので、テキスト自体を全部差し替えるよう編集部にお願いしました。ところが写植オペレーターさんが間違えて修正点のないP63のテキストと差し替えてしまった…。さらにはその修正を見た編集部が「直ってる」と勘違いし、そのまま印刷に出してしまった。
つまりはダブルチェック体制がそのままダブルで間違えてしまったというわけなんですが、ただ僕も一度は校了とした上で突然の修正依頼だったことや印刷ギリギリのスケジュールだったため、申し訳なかったなとも思い、要は僕が修正の出ない入稿をすればいいってことなんですけども。

とはいえ読者の方々には「しらねーよ」という話ですので、数少ない?僕の記事を読んでくれている方に対してできることは、一ヶ月先に訂正記事を書くより先にここのブログで訂正記事を…ということで長くなりますが下記に補足していきたいと思います。


■P63「Wz127」
127の説明のはずが読んでみると124の解説になってしまっています。要はこれが124の解説決定稿なのですが、127の解説文が丸々吹っ飛んでしまってますので以下127の解説文を載せます。

 1993年、Wz.93通称“パンテラ迷彩”を使用した被服として最初に生産されたのがWz.127というモデル。記念すべきファーストモデルです。これはまだ創設されたばかりのGROMに向けて作られた戦闘服であり、当初はタイプUS(Ubior Specjalny)と呼ばれました。このUSは米国のことではなく、ポーランド語で「特殊戦闘服」の略であり、一般部隊向けではなかったことを意味しています。
 パンテラ迷彩がプリントされたUS-18という当時としては厚手のコットン生地で作られており、コシは比較的柔らかい印象です。GROMにおいては創設後最初の海外派遣となる1994年ハイチでの警護オペレーションで使われたことで知られていますが、ハイチという赤道に近い高温多湿な国の気候には全くマッチしなかった、という反省点が語られています。
 この時に使用されたWz.127としてはジャケットの右肩にGROM徽章、左肩に白鷲のポーランド国章が縫い付けられている、いわゆるハイチ仕様が実に凛々しいわけですが、残念ながらこのジャケットはクラクフの博物館に飾られております。
 パンツの方は大腿部の左右裏表にポケットが付けられており、ここらへんは米軍仕様のBDUとは全く違う印象です。また右脚大腿部にはナイフシースも付けられています。
 隊員たちやポーランド本国のマニア間ではこの時代のパンテラ迷彩生地を“ドラゴン・ファブリック”と呼称しており、転じて“ドラゴン・パンテラ”とも言ったりしているようです。
 このWz.127は後の1998年頃からWz.127Aとなり、ポーランド軍における冬期戦闘服として普及していきます。このWz.127Aは一般的に出回っているものなので今回は割愛させていただきます。

■P65「Wz124」
124の決定稿がP63に行ってしまったため、恥ずかしいことに修正前のテキストがそのままここに残ってしまっています。決定稿はP63にはありますが、一応ここにも掲載しておきます。

 Wz.127に次いで誕生したのがWz.124。実際には短命だったパンテラ迷彩でしたが、特にGROMでは非常に象徴的な時代に使われたため、マニア間ではその希少度も相まって垂涎のモデルと言っていいと思います。ただいくつかバージョンがあり、こちらはWz.127と同じような厚手のコットン生地が使用されたタイプです。
 上の写真、つまり僕が入手したのは友人のGROM隊員が古巣の第16空挺時代、ユーゴスラビアに派遣された際の仕様になっています。GROM仕様ではないものの非常に資料的価値もあるコレクションとなりました。ただ少しややこしいのですが第16空挺とGROMではバルカン半島に派遣された時期がズレるため、恐らくGROMのコソボ派遣時にはWz.127も着用していたのではと思います。GROM25周年記念本にはWz.124を着ていたと紹介もされていましたので両方着用者がいたとも考えられます。
 第16空挺はGROMが派遣された数年後に赴いているようなので、このようにWz.124を着用して派遣されていた模様です。正直なところボスニアやコソボ派遣時の写真資料はかなり少なく、情報収集が難しいのが難点です。そういう意味ではこの第16空挺派遣仕様のWz.124はGROM仕様ではないものの嬉しい誤算でした。
 一方GROMでのWz.124はその後2002年からのアフガニスタン戦争派遣、そして同年のクェート派遣、さらには2003年からのイラク派遣に使用され、華々しく海外での対テロ作戦に従事していく姿にこのWz.124が常にあり、この象徴的な時代の戦闘服としてとにかくマニアにはたまらないパンテラ迷彩のオールドバージョンとして紹介されていくわけなのです。特にWz.124には独特の色味があり、他のパンテラとは違う雰囲気を持っています。

■P67「Wz124 RIPSTOP」
ここは問題ありません。

■追記
修正前と修正後のテキストが一度に掲載されてしまうという珍事でしたが、要はどういうことを修正したかったのかというと、読むと分かりますが笑 第16空挺とGROMにおけるユーゴスラビア派遣のことに関して情報が錯綜してしまった点にあります。つまりコソボ派遣とボスニア派遣についてなんですが、同じ時代同じ地域でありながら異なる派遣、この二つの部隊がどのようにこれらに派遣されていたかなんです。
第16空挺仕様のジャケットには「SFOR」のパッチが貼られていますね。これはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争における平和安定化部隊のことですが、隊員曰くこのジャケットはコソボで着ていたとのことでした。コソボであるならば「SFOR」ではなく「KFOR」になるはずなのですが、「SFOR」パッチを付けたジャケットをコソボでも着ていたという例もあるのかもしれない、とここで少し錯綜しました。GROMに関してはコソボにしか行っていません(記録上)。
ただここで後から友人の隊員の簡単な英文をどう解釈するかで考えたところ、このジャケットは(GROMが)コソボで着ていたもの(と同じ)だという意味にも捉えられるな、と思い、この辺の精査は後に回すとしても、それぞれがコソボに派遣されたと断定できないことから「ユーゴスラビア」「バルカン半島」といったボカした言い回しに置き換えた、というワケです笑
そんな感じの今回の修正でありました。大変お騒がせしました……。


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